・Introductionーはじめにー
繊維製品の町、今や国産ジーンズの発祥の地と言われ、デニムの聖地として全国メディアにも取り上げられる人口約7万人の小さな町にわが社はあります。
1982年創業者、神原健一は福山で修行を積み、シルクスクリーンの技術を住み込みで習得し、地元の児島に持ち帰り,(有)神原スクリーンを設立。
そして、シルクスクリーンプリントの技術は、児島の繊維産業に見事に融合していきました。
今やユニフォームから制服、デニム、カジュアルウエア、イベントプロモーション商品など、幅広くプリントの技術で携わっています。
今後も昔からあるノスタルジックな良き技術、伝統をそのままに、また児島の地場産業に感謝して、古いものと新しいものをプリント技術で表現し続けていきます。
今までの築き上げてきた価値の基盤は守りつつ、新しいチャレンジを恐れることなくトライし、児島から世界へ発信し、愛用される商品作りを。
・Historyー歴史ー
創業者 神原健一は1948年 1月 31日 倉敷市児島田の口に生まれた。
二人兄弟の長男として育ち、活発で子供らしい少年でした。
野球などのスポーツを通して、沢山の友人に恵まれ、今後の人脈つくりの礎を築いていきました。
そんな彼は、将来の職業を模索した時、自分で事業を始めてみたいと思い、
父親の知人を通じて福山の小川プロセス様(現在:株式会社ストリーム様)に修行に住み込みで就職、技術を習得いたしました。
現在はシルクスクリーンの製版は機械化、画像処理システムの進化が進み比較的簡単に作成できるようになりましたが、
原点に遡れば、友禅染があり、型を手作業で作成していたようです。
その手法は今では、型染めといって、一部のデザイナーさんに継承されている技術です。
手に技術を身に着けた健一は、地元に戻り、裸一貫小さな工場を始めました。
はじめは駐車場スペースのような小さい規模からスタートを切りました。
生まれ育った児島の地で彼の信頼は厚く、人柄で仕事が入ってくるようになりました。
また、児島は昔から学生服の町として地域は盛んで、その児島に工場を構えたため、制服やワーキングウエアの名前やロゴを印刷する仕事が次第にふえていきました。
世の中は 王貞治選手の全盛期。
そんな野球の話をしながら地元の経営者仲間と切磋琢磨する日々は続き、経済成長の波に乗っていきました。
時代は流れ、健一の次男である政良が工場の後継者として引き継ぐために入社しました。
彼は東京で生地の卸業者に就職後、岡山の大手繊維加工メーカーの営業企画として経験を積みました。
いつか家業を後継するものとして、プリントと加工を絡めた提案がやがて彼の強みとなりました。
営業企画の立場を超え、現場に入り、自ら加工試験釜を回し、サンプルを作成し、没頭するあまり、ボイラー室で寝てしまうこともあったみたいです。
泥臭いようなやり方でも、試行錯誤する彼のやり方は次第に認知されていきました。
加工メーカーでの契期も終わり、神原スクリーンに入社した当時、工場は以前の様子とは違い、数字が伸び悩んでいました。
政良は昼間は生産と打ち合わせ、夜はインクや手法の考案を繰り返す日々が続きました。
どんな小さい仕事にも足を運び、顔を覚えてもらい、そんな事を数年続けまいした。
そんな彼の努力は実を結び、当時走りまわっていた、お客様が成長し、いくつも店舗を持たれるようになりました。
おかげで、カジュアル生産に強いプリント工場として認知されるようになりました。
我が社の工場は、創業者が制服やユニフォームと融合させ、販路を開拓し、その後、技術は息子に受け継がれ、カジュアルラインを開拓し、今では両方のラインが弊社の強みとなっています。
児島はデニムの聖地、ヴィンテージ加工でも有名な町に成長していく中で、会社で取り扱うブランドメーカー様も制服・ユニフォームだけでなく、カジュアルアパレルブランドから、ヴィンテージデニムメーカー、イベント物販までその事業は広がっています。
そんなお客様の協力工場として、心地よいサービスが提供できるよう環境整備、技術や品質の向上、安定を目指し、人材を育成します。
裸一貫はじめた創業者 神原健一の手作業への情熱は製品一枚一枚に刷り込まれ、彼の情熱は後世に受け継がれていきます。
・Techniqueー技術ー
わが社のプリント技術はありとあらゆる繊維製品の表面に用途に応じた染料・顔料のインクを用いて柄やネームを施します。
表現したいイメージによってインク選びから、手法選びまでこだわりをもって、高品質なものを目指しています。
例えば、何を表現したいかによってインク選びは違います。
また、どんな生地にプリントを施すかによっても違いは出ます。
インクを施す箇所は濃色か淡色か。そのあたりもインクを選ぶときは考慮します。
ロゴや画像を視覚的に表現したいイベント用物販の場合、視覚効果の高い、アピール力の強いラバープリントのインクを選びます。
けれども、お客様がビンテージ感をイメージして商品を作りこみたい場合、なじみやすいインクにプリントのテクニックでお客様の表現の仕方をお手伝いします。
その他にも発砲プリントを使って、糸の織り成す風合いを表現してみたり、
特殊なインクを使って加工感が出やすいウオッシュアウトプリントにしてみたり、
スプレープリント、珍しいカラーリフレクタープリントなど、
御要望に応じてインクや手法はお勧めいたします。
機械化が進む中、長年培ってきた職人の感覚とデータを元に色の調整、製版、テクニックがわが社の強みです。
また、プリントを施しにくい部分に対しても、わが社では一枚一枚手作業で加工を施しているので可能です。
職人の思いのこもった多才な加工技術を使って、お客様の思いを商品に表現するお手伝いを今後も受け継いでいきます。
・Proceessー工程ー
加工技術のふんだんに詰まった写真をみて、この洋服にどれだけの人がこの商品に関わっていると思いますか?
細かく細かくすべてを分解し、その一つの工程に携わる人の数はおそらく予想以上です。
製品が一つの製品として形を成すまで
原材料を育てる→糸にする→生地を織る→パターン、サンプル作成縫製→染色、加工→仕上げ→販売
おおまかに分解してこんな感じです。
一枚の衣服が皆様のお手元に届くまで、原材料まで遡ると、沢山の人の技術が刻まれています。
その製品のおかげで産業に従事する者の生活がうるおい、糧となっています。
服は世界を旅して、福を沢山の関わる人に与えてくれます。
こだわりのある服は、手にした人までも幸せにします。
例えば、わが社は製造業においてプリント業の部分で関わっていますが、この一つの画像を施すだけでも、
お客様のイメージを表現するために何工程も商品は旅をします。
工程は旅に似ています。
どんな服を着て、どこに旅するか。
どうやって行こう、この旅では何を吸収して楽しもうなど、ワクワクするポイントはたくさんありますよね?
プリントも同じです。
繊細な色の配合、インクの選択、手法の選択、製版、ポジショニング、加工、仕上げという工程の旅を経て商品は出来上がります。
一見簡単に機械化されているように思えるアパレル商品の工程ですが、わが社のお客様はオリジナリティ、デザイン性にとんだアパレルブランドメーカー様が多いので、機械的な部分では表現しきれないデザインが多数あります。
だからこそわが社は古き伝統の残るノスタルジックな手法である手捺染に誇りを持っています。
今後もこだわりを持ったアパレルメーカーさんの商品作りに心を込めて臨んでいきます。
こんなわが社のお客様のこだわりに、思いに寄り添う作業工程に興味を持たれた方の新規タッグのご依頼もお待ちしています。